純情diary

青春と音楽と感動と思想と途轍もない愛情を

美しすぎた青春との向き合い方

高3の時、初恋をした

もう10年も前の話

とても美しい想い出になっている

俺自身、初恋の相手、クラスメイト

俺を囲む全ての人の心が美しく真っ直ぐだった

その時の感情、過ごしてきた街並み、夏の終わりの匂い

何もかもが記憶に残ってる

俺の青春は間違いなく初恋だったのだろう

 

今後の人生において

初恋の美しさを超える何かに出逢えるだろうか

 

真っ直ぐに一生懸命に、人と人とが心を通わせながら信頼関係を紡いでいく様

 

それが俺にとっての最上級の美しさであり、人生を懸けて大事にしたいもの

 

10年が経った

俺は27歳になった

あの時より賢くなったかもしれないけど、今は自分から生まれる感情が嫌いだ

今は、あの時の無垢で真っ直ぐで透明な感情とかけ離れた薄汚い感情ばかりが湧き出てくる

そんな自分が許せなくて猛烈に死にたくなる瞬間がある

 

人生の岐路だと思う

これまでの自分の人生観に寄り添う生き方をするのか

人生観を見直して再設計するのか

じっくり考えていこう

 

IMALUという神言語

IMALU

生きてるだけで丸儲け

明石家さんまのネーミングセンス厳つい

人生て、命って、やっぱ重いです

めちゃくちゃ大事です

 

けど、その重さに疲れる時あるよね

大事やから必死で頑張るけど

報われない時に立ち止まる、折れる、腐る。

 

そんな時に、“IMALU”なんですわ。

生きてるだけで丸儲け

 

この世に生まれたから、

美味しい飯を食べれる、最高の音楽に出逢える、好きな娘と喋れる。

 

それだけで生まれた価値がある

必死に頑張らなくても、上手くいかなくても、

生きてるだけで勝手に降りかかる幸せがある

明日を生きる希望に出逢える

 

それで良いと思います

世界中の人生に素晴らしき希望が訪れますように

 

辛辣な言葉をかけられても

悲しい事があっても

生きてるだけで出逢える幸せが、いつかきっと皆に訪れる

IMALU思考で頑張ってこうぜ!

SNSで人が死ぬ

なんとなく久々にブログを書いてみる。

 

標題のとおり、テラスハウス出演中の木村花さん(22)が亡くなったらしい。

聞く所によると死因は、視聴者からの誹謗中傷による自殺??とのこと。

正直、テラスハウスを全く観ていない俺が語るのはどうなのかと思うが、自分の想いを記してみよう。

 

まず、ホンマ地獄かよ‥てのが率直なところ。

22歳で人生全力爆進中の若者が、大勢の心無いディスが原因で自ら命を断つって。

マジで地獄。

 

SNSって死ぬ程便利やし、楽しいツールやってことは勿論承知してるけど、

最近は、自分のエゴを真っ当な世論として振りかざすヤフコメ民系の方も相当数見受けられて、ハッピーじゃない側面が前面に出てきてるなぁという印象。

良くも悪くも、誰もが自分の考えを表現できる良い時代だなぁと思うけど、最低限のルールは必要なわけである。

 

まぁ、何が言いたいかというと

もっと皆が「表現の自由」について勉強すべきやなってこと。

 

では、「表現の自由」とは何ぞや。

 

日本国憲法第21条

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 

ザックリ言うと、俺ら日本人には、思想・良心の自由が保障されているから、心の中でどんなことを信じても考えても良い。けど、どんな崇高な想いや考えも外部に表現して初めて意味あるものになるから、表現の自由もまた人権として保障する必要があるってこと。

つまり、以下の2つの価値があるから、人権として保障に値するて訳や。

 

自己実現の価値

 各種表現を通じて、自分の人格を発展させる。

②自己統治の価値

 言論活動によって、国民自身が民主主義を維持・運営する。

 

以上の2つの価値が成立していないと、どんな表現であっても人権として保障するに値しない。

つまり、今回のようなディス表現については、誹謗中傷を通じて自分の気持ちがスッキリするから①の要件を満たしてるかもやけど、②の要件は満たしてないよねってこと。

最近、大半のSNSユーザーに②の観点が無さすぎると思う。

表現を通じて社会を良くしたいていうポリシーで激しく議論するのはOKやと思うけど、議論でなく単なる誹謗中傷はNGや。

ましてその表現で人が死ぬってどないやねん。

 

この1件で、ネットのモラルが変わる契機になればええなと思います。

人間なんか失敗する生き物なんやから、もっと色んなことに寛容になろう。

そうすれば、きっと堅苦しくない社会になると思います。

 

 

 

 

 

 

そういえばこんなことあったよね

文化祭での役決め会議

誰が手を挙げるのかボケーッと眺めてる

そんな時に

脳内で繰り広げられるのが
俺が主演なら君がヒロインだぜ的な妄想

そーゆー自己の中だけで完結する格付け癖が高校卒業以来めっきり減った
授業中に考える、あの娘もあの娘も付き合いたいけど、やっぱりあの娘だなぁ的なヤツ

ホンマに最近ない
ドライになってしまったのか

そんなこと考える余裕もない毎日なのか

何にせよ

無理やりにでも胸を高鳴らせる毎日である

ありがとうで流れる涙の美しさ

ヨーロッパの街並みは美しい
何かを感じて当然
それも素晴らしいこと
けど、普通に電車乗りながら、これまでの思い出を頭に浮かべながら泣けるってのも素晴しくないか?

既存のモノを美しいと感じるのは他人任せやけど、自分で築き上げたモノにはストーリがある
こんな素晴らしいことはあるか?
ねぇよな?

相変わらず青臭い俺やけど
4月からも同じこと言ってられるか正直不安
けど、やっぱ言ってたい
この俺を好きと言って評価してくれた皆がいるから
多分皆なら、俺がクズに成り下がっても相手してくれるし、助け出してくれるやろう
けど、自分の核は大切にしてたい
ずっと青臭いこと言ってたい
こんな自分が俺も好きやし

色々気付かせてくれた環境と仲間に感謝
ありがとう
このサークルに何かを残せたわけじゃないと思うし、幹部みたいに頑張ってこれたわけでもない
勝手に宴会部長を自称してたけどね
ホンマにお世話になりっぱなしやった
そんな俺を慕い、大切にしてくれてありがとう
1番自分と向き合えた5年間やったと思う
一人一人に感謝すると綴りきれない
濃すぎた
今の自分に胸張れるんが嬉しい
ホンマに愛してます
感謝感謝感謝
ずっと一緒にいてくれよ!
ホンマスタンドバイミツタカ!
簡単やけどココで締めときます!
また会う日まで!!!

かもめんたる単独『なのに、ハードボイルド』を観て~超個人的ド素人お笑い論~

かもめんたるの単独ライブ『なのに、ハードボイルド』に行ってきました

今も胸の高鳴りが続いてる

本当に感動
お笑いではなく、映画や小説の世界観に惹き込まれた感覚でした
けどメチャクチャ笑えるし、ニヤける
大爆笑でした
やっぱり僕は深みのあるお笑いが好きです
そもそも、かもめんたるを好きになったきっかけは、キングオブコント2012でした
他の芸人には無い独特の台詞回し、一見普通の人間の中に潜んでいる可笑しさや狂気が上手く表現されていて、ドはまりしました。
 
 
個人的にお笑いは大きく二分できると思ってます。
“洋食タイプ”と“和食タイプ”
洋食タイプ
ガツンと瞬間最大風速的に笑える芸を持ってるタイプ
腹抱えて笑えるという強さを持ってる反面、味が濃いので飽きも早い
園子温の映画みたいな感じ
分り易く言うと、リズム芸とか絶対こっちですね
万人に好まれるし食べやすい味
和食タイプ
素人目にはテレビ映えが良くないのかもやけど、観るたびに新たな発見があって味わい深いタイプ
芸が細かく、芸人だけでなく舞台全体にまで目を配ってしまうほど凝ってる芸をする感じ
ちょっと通好みなのかな?
 
 
かもめんたるは個人的に和食タイプの芸人さんだと思いますね
かもめんたるという芸名だけあって、本当に人間の心理描写がウマイ
んで、文学チックで演技もウマく、決して色物に見えない
シソンヌも、このタイプに当てはまると思います
あと、二人の経歴か調べてもらえればわかるんやけど、下積みが結構長い
お笑いとか舞台に向き合ってる時間が本当に長いので、やっぱり質がめちゃくちゃ高いです
早稲田出身てこともあって知性も垣間見える
ただ、フリートークはあんまりうまくないのかな笑
テレビには上手くハマらんかったかも
ラジオはめちゃめちゃ面白いけど
 
 
ただ
かもめんたるは本当に強い芸人さんです
何度でも声高らかに言いたい
彼らは強いです
なぜなら替えがきかない存在だから
 
 
洋食タイプの芸人さんて、流行り廃りの影響をもろに受けると思ってます
世間のニーズが大きく左右する分、求められるモノが変わりやすいし、新しい人も出てきやすい
消費が早く、激しい


けど、かもめんたる含め和食タイプの芸人さんは違うのかなと
彼らの作品は、どちらかといえばお笑い要素より芸術の要素が強い
作品自体に人の感性に訴えかける側面があるので、観てる側は気持ちが入りやすい
気持ちの入ったモノに対して、人は頑なになるものです
だから、簡単に他の何かには取って代わられるようなことはない
かもめんたるのお2人はコントスキルが凄く高いのは勿論、演劇的で、かつ人に焦点を当てた作品が多い
感性を揺さぶる力が半端じゃない
なんで、簡単に替えがきく存在ではないのです
 
 
つまりは、和食タイプの芸人さんの強みは
目には見えにくい個性がはっきりしてるということかなと思います
自分の感性で判断する個性
 
 
だから、観る側の知性とか教養が大きく問われる
子供には分りにくし、ある種哲学的でもある
まるで、自分が崇高な人間かのような表現ですが、全く思ってません笑
かなり言い方を悪くすると、“休みの日にただ酒飲んで簡単に脳内麻薬出すような人”、“歌詞の中身も理解せずにEDMだけずっと聴いてるような人”には分らないし、何も感じないと思う
けど、そのこと自体を否定するつもりもありません
価値観は人によって異なるし、多様だからこそ個性が際立ち人間関係は面白くなる
そのおかげで、かもめんたるのコントは面白い
自分も、酒とたばこもやるし、EDMも普通に好きやしね笑
 
 
今回のライブでも、終盤にはう大さんのメッセージが強く出てました
だからズシンと来たし、人の思想が大好きな僕はめちゃくちゃ興奮しました
本当に感動しました
う大さんの脚本を上手く表現している槙尾さんもまた偉大です
絶対また行きます
んで、比較的趣味の合う読者の皆にも是非かもめんたるに興味持ってもらいたいです
だから最後にかもめんたるのコントを1つだけ紹介しときますね!
全部好きすぎてどれにするかメチャクチャ迷うけど、僕が好きから大好きに変わった作品を是非観てください!!!
 
 
P.S
僕がどれ程に、かもめんたるのお2人を愛し、尊敬しているかというと、およそ200回(一部除く)ある無料放送時代のラジオを3往復する位に大好きです
一日中聴いてます(笑)
 
う大さんになら抱かれてもいい!!!!
槙尾さんは無理!!!!笑

駅前の田村書店が日本人の美徳を俺に再認識させた話

小学生の頃からずっとあった駅前の田村書店が潰れてた

結構好きでした

改装すんのかなーと思いきや違った
同じく駅前のイオン本屋売り場との競争に負けたのかな
もしくは電子書籍の台頭か
まぁ色々とワケはあるやろうね
湯浅も脱退した
友情の象徴だったベボベからメンバーが抜けるなんて
寂しさしかない
当たり前のもんが、これから歳重ねるにつれてドンドン消えていく
最近良く感じます
好きなバンドとか
俺の前歯とか
親もいずれ消える
けど
限りあるから美しいと俺はいつも思う
例えば四季
桜も蝉も紅葉も雪も数ヶ月で消えるよね
こーゆー儚さを美しいと感じるのは、昔から日本人に備わっているDNAのおかげちゃうかな
また、一年が4つに分かれていることで、日本人には自然と、切り替える習慣が身に付いてるとも思う
つまりは怠けにくい風土があると思う
永遠なんてあれば誰も本気にならんもんね
だってゆっくりやってりゃ、いつか到達するから
そんなもん美しくない
高校野球は3年間という制約があるから面白い、それに、夏の儚さというスパイスが加わるので途轍もなくエモい
限りある中で揺れる心の様こそ美しい
制約の中で頑張るからこそ結果も過程も美しい
 
眠れない夜が美しいのは、朝がやって来るまでだ。

by青春バカ

 

 
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